全ての商売技術が効果的になる、二種類の「三つの質問」

僕は地域住民を客とする店舗の売上をあげていく仕事をしている。

売上をあげると聞くと何を思い浮かべるだろうか。
トークで物を売りつける技術や、目をひきつけるPOP、最新のIT技術?
いやいや、店構えや商品力やSNSでの発信?
それとも、広告宣伝力や営業力?
ひょっとしたら・・・努力とか根性かも?
これら、売るために必要だといわれるノウハウもだけれど・・・

もっと必要なのは、店主と従業員の共感性なんだ。
必要というよりも、土台だね。

買物は手のひらの上でスマホで出来る時代で
僕が住んでいる過疎地にすら安さで地域を救うが社訓の安売り店が出店し
ヒトなんて買い物に必要なくなってきてるのが現状。

それでも、店舗のお客はゼロにはならない。
年寄りがITが苦手だからだろ?なんて思わないでほしい。
年寄りにはITがあてがわれるんだよね。
(ヒトをあてがうより安いからね)
子供や孫という強力なサポーターもいるし。
そもそも、魅力がない店にはITを使わない人だっていかないよね。

店舗にお客が来なくなったのはITのせい?
ITを効率よく利用するAIのせい?

違うよ。
店舗に魅力がなくなったからだよ。
誰かのせいじゃない、自分のせいだ。

人口が爆発的に増え続け、物が足りなかった時代。
その頃のまま変化していない店舗が多すぎるんだよね。
水から茹でられたカエルのように店舗の外の変化に気づかず
竜宮城から帰ったら何十年も経過していたみたいな。
人口が増え、物が足りない時は、売り子はだれでもよかったのさ。
何処で買おうと手に入ればよかったのさ。
誰よりも最新の物が、誰よりも安く手に入ったらヒーローだったのさ。

取り残されたのは自分のせい。
それなのに、まだ変化しようともしない店舗が多い。
いいさ、それでも自分が死ぬまでなんとか食べられればいいさ。
でも・・・後継者がいたら、それじゃダメだよね。

僕は日本全国に、この過疎地から出かけて行く。
そして、自分の町には手を出さずに他所の店舗を元気にする。
トンネルをいくつも抜けて出かけ、再びトンネルをくぐって帰ってくる。
トンネルをくぐるたびに景色が変わるんだよ。
田舎のトンネルは電波が飛んでないからwi-fiが使えない。
トンネルは竜宮城から帰ってくる海か・・・と思う。
終着駅からさらに30分、車を走らせ帰る道に街灯はない。

僕の住む町、付知町。
この町で商売を継ぐと決めた後継者を応援したい。
一番の応援は買物だけど、僕一人では支えきれないだろう。
まずは地元の人に買い物してもらえる店に変えるお手伝いをしよう。

トンネルをくぐって出かけた先の町でしていた仕事を
トンネルをくぐって帰ってくる町でもはじめよう。

なにもない僕の町、付知町。こんな見映えのしない風景が埋め尽くす。それでも都会から帰ってくるとホッとするんだよね。

出かけた先の仕事は頼まれ仕事だからお金をいただける。
でも、帰ってくる町の仕事は誰にも頼まれていないからお金を払ってくれる人はいない。
それでも、やりたい。
だって、自分が住む町だから。
年をとっていく自分が快適に暮らすための先行投資だね。

売上を上げていく土台は、店主と従業員の共感性さ。
相手を慮る(おもんばかる)力だ。

店頭で自分に三つの質問をしてみようよ。
1 お客様は何を思っているのかな?
2 お客様は何をしてあげると喜んでくれるかな?
3 お客様の役に立つにはどうしたらいいかな?
こうした考え方が全ての土台になっていく。

商売人は生き方が、その商売のやり方になるから。
ありかたが、やりかたになる。
ありかたという土台が弱くては、どんな技術を使っても効果はでない。

まずは、付知町の商売人の「ありかた」を育てなくては。
人を変えることはできない。
自分で変わって貰うしかない。

僕は、玉手箱になれるのか?

全ての商売技術が効果的になる三つの質問
1 あなたは何が出来る人?
2 あなたは何がしたいの?
3 あなたが今すぐやるべきことは?

僕の武器は母性なので(時々父性も使うけれど)
勉強会に参加してくれた商売人は、最終自立して進みだす。

都会から過疎地に人を呼ぶための、初めの一歩

僕は、住んでいる付知町では、よそ者だ。

結婚して初めて知った町。
結婚した相方が生れ育った町。

電車も廃線になった過疎地だけれど
僕の実家は、もっと山の中だったから便利な場所だと思った。
料理していて醤油が切れても走って買いに行ける街中だ。
(そうした店舗は恐ろしい勢いで閉店しているけれど)
隣近所の、子供が泣く声、親が叱る声なんかもつつぬけで
赤ちゃんが泣く声は、なんだか子育てに参加している気がする。
風呂洗いの音や、夕飯の支度の匂いが分かるくらいに集まって暮らす。

その分、隣との敷地境界線のもめごとや
買物して来た袋の中身まで詮索されたり
町内会の行事は絶対だったり
様々な役員が持ち回りでやってきたり。
窮屈なものだ。

こんな町で、すっかりくたびれた時計店を引き継いだ。
その大変さは、すっぱりと割愛してしまうが、この店を立て直した。
都会から視察に来る人まで現れて・・・ふと気づく。
この店をこれ以上大きくするとしたら、田舎の百貨店になるしかない。
仕入販売小売業で、人口は限られ減少している地域でキャパはすぐにオーバーしてしまった・・・

車で30分走れば、マスコミ宣伝している大手チェーン店が乱立する。
スマホで、手のひらの上で買い物すれば翌日には荷物が届く。
なんだかんだと活動している地元人のグループには、よそ者は入りにくい。
僕は酒も弱く、飲み会は苦痛でしかないし。

店の売上は伸びつつあったけれど
頭の片隅では、商売を伸ばす可能性を探り続けた。
部屋の隅っこに常に蜘蛛の巣がはっているような
とってもとってもぬぐえない、厄介な存在として。

可能性は二つだと思った。
一つは、自分が作っている店のノウハウをもって
立地や規模などそっくりな他所の田舎で同じ様な店を増やしていくこと。
(つまり、支店方式で田舎版チェーン店みたいな感じかな)
もう一つは、自店のノウハウを他店に教えに他所に出ていくこと。
(つまり、コンサルタント)

僕のノウハウは、地元客だけを客にするしかできなかったから。
都会から田舎に人を呼んでこれるものではなかったから。
仕入販売だけの弱さがつらかった。
自分で物が作り出せないのは、過疎地では特に弱さだった。
物流費用だけでも過疎地は経費がかかっているのだから。
かといって、インターネット販売なんて、仕入れ品は全世界がライバルになる。

だから他所に出ていくのが、僕の商売を伸ばす可能性になった。
そして、田舎版チェーン店は、大手チェーン店がさらに人口が減ったらやるだろうからやめた。
大手資本と対抗することは出来ない。

残るは、自分のノウハウをもって全国を旅することだった。
自信なんてないし、恐ろしいし、やったこともないし・・・
ただ一つのよりどころは「教えてほしい」という数人の人がいたことだけ。

机上論のコンサルタントではない。
人生も仕事もいっしょくたにしか生きられない商売人としての視点。
こんなんで食べて行けるだろうか?
付知町の店はどうするのか?
まずは店を続けながら、可能なことからやってみることにした。

ドキドキしながら「私のノウハウを買いませんか」と手紙を書いた。
名刺交換してもらった名刺をひっくり返して約90名に。
そのうち50名ほどが申し込んでいただき、その金額を元手に初めてHPを作った。
この感覚は、物売りだった僕には新鮮だった。
なんというか・・・藁しべ長者の昔話のようだと思った。

自分にとっては用済みだけど、世の中には欲しいといってくれる人がいる不思議。
自分が商品になる摩訶不思議。
仕入販売だけしていては気が付けなかった。

物事を作り出すことが出来れば、商圏は一気に広がる。

コンサルタントの仕事は地元には一切秘密ではじめた。
それは、自分の店のお客様には関係ないことだから。
でも、だんだんと秘密はばれていく。

田舎から都会に行くには、早朝まだ出ている星をみて走り、帰りは真夜中の星を見て帰るってこと。

同じ付知町に住む同年代の女性から、外に出ていく仕事なんてすごいと言われた。
僕には強い違和感のある言葉だけれど。
僕は外に出ていきたいわけじゃない、外から人を呼べるようになりたいんだ。

自分が何かひとつ成し遂げること。
それが、次のステップになるのが藁しべ長者だから。
いつになったら、付知町に人を呼べるようになるかと思いながら12年もたってしまった。
自分の人生残り時間を考えたら、そろそろはじめないと間に合わない。

都会から、この田舎「付知町」に人を呼んでも、消費する場所がなかったら意味がない。
だから、僕の地域おこしは「付知町にいまある店を強くすること」から始める。
地元の人が、大切なお客様が来た時に、連れて行きたい店になること。
ここからスタートしたい。

あの時の自分は、なんて嫌なヤツだったんだろう。商売の大前提すら知らなかった。

僕は、15年前にも付知町を憂ていた。

イベントの役員や、スタンプ会の役も熱心に取り組んだ。(つもり)
「町の危機には、みんなで取組まないと乗り越えられない」なんて信じていたんだ。

でも、現実は違った。
商売人は仲が悪い。

小さな小さな町なのに、ライバル店が協力するならオレはやらない、とかさ。

お客様が減っているのは、同じ町の同業のせいじゃなく
この町自体に魅力がなくなってるからなのに
ケンカしている場合じゃなくて、一緒に何かを始めないといけないのに。
そう思いながらイベントに取り組んでいた。

イベントってさ。最悪だよ。
自分の店をほっぽり出して、汗だして体力使って声もからしてさ。
一日どころか、準備に数日、片づけに一日、当日は店を閉めてお手伝い。
そして、お客様はイベント目当てだから自店の集客にはならない。
ご褒美は、打ち上げにバーベキュー焼きながら
偉そうなオッサンがしたり顔でする「昔はよかった話」だったりしてさ。

極めつけの一言をもらった。
「お前は仕入して店に並べているだけじゃないか。何も作れないクセに」
「商店なんて、町に何の貢献もしていないじゃないか」

ある日「あ~、何してんだろうな?」って思ったら・・・

営業日の真昼間だけどしるもんか!
重いシャッター地面にたたきつけて隣町のショッピングセンターへ逃げ出した。
エスカレーターは沢山のお客を運び吐き出し・・・
人の群れと流れを呆然と半日眺めた。

そして決めた。

「町のことなんてどうでもいい。自分だけ頑張ろう」

全ての役は断り、付き合いの悪いヤツになり、自分のことだけ考えた。
やがて、恐ろしい事実に気が付いたんだ。
僕は、町のためにという大義名分を使って本業から逃げていたことに。

自店の売上をあげるより、町のボランティアの方が楽だったから。
自店の売上も作れないくせに、イベント役員なら偉そうなことが言えたから。
自店のお客様をよく知りもせず、だからダメだと頭から決めつけていたことに。

ダメダメなのは僕自身だった・・・
そりゃ、お客様こないよな。当然売上もないさ。
恥ずかしかった。

力が欲しいと思った。
少年ジャンプの漫画の主人公みたいに。
でも、魔法はないからコツコツとやり直すことにした。

自分の武器はと考えたら?文字を書くことだけは好きだと気が付いた。
だから、チラシを書いて、ダイレクトメールを書いた。
書いて書いて書いた。
学生時代以来のペンダコを作り、商工会の印刷機をほぼ独占使用した。
自分を伝えだすと、応えてくれるお客様が現れ出した。

商売の大前提をやっとで知った。
「知らない店で買う方法はないし、知らない物を買う方法もない」

店の外に出るイベントにアレルギーになっていたので
店の中でやるイベントに取組んで売上につなげていった。

自分の店にお客様が来店して下さる。
問屋メーカーはじめ視察に来られる人は
「どこからお客様が湧いてくるんですか?」と言う。

この過疎地で、確かにお客様は湧くものかもしれない。
付知町の山が自然に清水を湧かせるように、お店もお客様を湧かせなくちゃいけない。
無理なく湧かせるには、自然体になること。

自分のこと、店のこと、商品のこと、技術のこと
まずは町の人にもう一度伝え直してみようと、いつも思い続けていたい。